こんにちは。

楓さんとランチを食べた帰り道です。
田園調布での家庭教師は進展がありました。
なんと、家庭の親御さんが不満を漏らしているらしい。
(何についてだ?)
と思いきや、指導そのものに対してではなく、
『国公立の家庭教師はいないのか!』
と、スペックに対して注文を付けているようなのだ(笑)。
 
ここにも学歴社会の影響が出ているのか…と、
学歴主義の洗礼を受けた僕が嘆くのもおかしな話だが、
指導力と学歴の高さは必ずしも一致しないと思う。
家庭教師に必要なのは、生徒を深く観察し、
相手のタイプに見合った指導方法を提案・実行できる能力だ。
あと、あらゆる生徒に対するコミュニケーション能力。
それは、経験によって培われるものだと僕は思っている。
 
確かに、高学歴者は情報処理能力が高く、
それを点数に反映させる事は容易いだろう。
だが、それはその人の内部構造が高いからこそ出来る事であり、
相手のレベルに合わせて方法論を構築し直せるかと言うと、
それはまた別の話だと思うし、コミュニケーションの取り方がヘタだと、
教える以前に会話すらまま成らない事も考えられる。
 
「(何故)分からないのかが分からない。」とは某東大生の言葉。
 
生徒の家庭も、当の子供を見ていない。
机の脇には未使用の参考書や進研ゼミが置かれている。
子供に与えれば自主的に取り組むであろうと、
子供を観察する事をせずに体裁だけ整えて勉強をさせた気になっている。
 
一部上場の社長の息子なんてこんなものなのか…
仕事バカばかりなのかもしれないな。