不当に解雇されたような気が、した。
――話はちょうど一週間前にさかのぼる。
その日、僕のアルバイト先に3名の新人が入った。
バンドをやっている30歳手前の男性、20代後半の女性、そして30代半ばの女性だ。
年齢は僕の心の中で適当に判断させてもらったので、多少実年齢とズレがあるかも知れないが、そんなことはどうでもよかった。
30代半ばの女性は、服装から判断できるのだが、やや『少女趣味』のある女性であった。
黒をベースとした、レースやフリルのついたドレスを着ていた。そして…過剰に太っていた。
バイト先の上司は、その服装や体躯から感じられる独特の雰囲気に戸惑いはしていたものの、受け入れるように努めていたと思う。
その女性の研修は、僕が仕事をしている座席の真反対の座席で行われた。
彼女の左横の座席には、僕の上司でもある女性リーダーが座り、業務内容を彼女に教えていた。
言葉遣い、PCの設定、操作方法等を済ませて、実際の業務に取り組もうとしている段階で、事件は起きた。
『どうして言ったことを守ってくれないんですか?』
リーダーが、胸中に苛立ちを募らせたような口調で女性に言い放った。
少し前から、リーダーは彼女に何度も同じ事を教え続けていた。
女性がなかなか要領を得ないのか、はたまた記憶力が悪いのか定かではないが、とにかく、何度も注意を受けていた。
その様子を、僕は最初のうちは辛抱強く見つめていたが、次第にリーダーの語気が強まるのを感じてからは、僕自身も苛立ちが募るようになってきていた。
ばしん。
リーダーが平手で机を叩くのと同時に座席から立ち上がり、
「あなたには私は教えられません!他の人に代わってもらいますっ!!!」
と一喝し、そのまま喫煙室の方向へものすごい勢いで立ち去って行ってしまった。
後に残された、女性と、僕。
居心地や体裁が悪いのだろう、恥ずかしそうにしながら、女性は言った。
「すいません…私のせいでうるさいですよね…ごめんなさい…」
翌日。
女性を別の日に研修した経験のあるサブリーダーが、僕を呼んでいる。
「…Sinさん…」
「ん?なんですか?」
「あの人、切られる方向らしいよ…」
「え…?」
まだ研修を始めてから日が浅く、多少物覚えが悪いことでイライラするのは分かるが、もう首を切る、切らないの話になっているのか。
事の進行具合の早さに、僕は驚きを隠すことができなかった。
「でもね、Sinさん、僕は、あの人がそんなに出来ない人だとは思わないんだよね。」
意外な言葉が、サブリーダーの口から語られる。
「…どういうことですか?」
「僕が研修をした時、すごく素直に聞いてくれたし、分からないことも、何度か言い換えて教えて、それなりに手ごたえがある研修ができたんだよ。だから、、、なんか、別にクビにしなくてもいいんじゃないかなって思うんだ。」
「確かに…」
――確かに、一度実際の応対を聞いていたが、言葉遣いもしっかりしていたし、相槌やアドリブでの回答も的を射たものだった。"なんだ、やればできるんじゃん"と思っていた。
システムがやや煩雑なために、それを憶えるのが難しかったのだろうか…。
(…いや…研修の二人の担当者間で、これだけ意見や印象が食い違うのもおかしい。)
(研修の内容や、研修者自身の態度にも問題があるのかもしれないな…。)
そんなことを考えていた矢先。
今日、いつものようにバイト先に行くと。
彼女は辞めさせられていた。
理由は分からない。
だが、僕はその退職の背景に、研修担当、あるいは上の個人的な感情が織り交ぜられている気がしてならない。
もうひとりの担当者と意見が食い違うことを踏まえると、もしかしたら、リーダーは自らの研修方法や姿勢について見直すべきだったのかもしれない。
あるいは、ウマの合う担当者が研修を進めていけば、彼女はラクに一人前になれたのかもしれない。
いずれにせよ、もう当の本人は退職してしまったためにどうしようもできない。
だが、不当なイメージを残した今回の騒動は、僕に、バイト先の不穏な閉鎖感を感じさせることとなった。
なんとなく、居心地が悪くなるような気がした。
そんな日。